| 2008.04 | 奥本隆三の個人事業として尾道市瀬戸田町にて創業 洋菓子の製造事業、小売事業を開始する。 店舗面積25坪(厨房7坪、売場9坪) 駐車場2台 |
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| 2009.04 | インターネット販売事業開始 | |
| 2009.07 | 瀬戸田レモンケーキ 販売開始 | |
| 2009.12 | 2009年度の瀬戸田レモンケーキ販売実績、約7,100個 | |
| 2010.03 | 瀬戸田パーキングエリア上り線(広島県)にてレモンケーキ卸販売事業開始 | |
| 2010.05 | 「瀬戸田レモンを活用した洋菓子開発と特色あるお店づくり」をテーマに広島県経営革新計画承認 | |
| 2010.06 | 「瀬戸田レモンを活用した新商品の開発と販路開拓」をテーマに 広島県過疎地域小規模企業等活動支援モデル事業に採択 |
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| 2010.06 | 西武池袋本店(東京都)Yahoo!Shoppingストアにて期間限定販売 | |
| 2010.07 | 天満屋(広島県内の店舗)にてレモンケーキ卸販売開始 | |
| 2010.07 | 瀬戸田レモンジャム蜜 販売開始 | |
| 2010.09 | 高松三越(香川県)Voice21展にて期間限定販売 | |
| 2010.11 | 瀬戸田檸檬菓子工房パティスリーオクモト を立上げ、移転リニューアルオープン、店舗面積60坪 | |
| 2010.12 | 2010年度の瀬戸田レモンケーキ販売実績、約60,000個 | |
| 2011.01 | 地域力宣言2011 in 東京ドーム 「ふるさと祭り東京2011」 に出展 | |
| 2011.02 | 第51回全国推奨観光土産品審査会にて 日本観光協会長賞受賞 | |
| 2011.03 | 福屋(広島県)にてレモンケーキ卸販売事業開始 | |
| 2011.03 | そごう呉店・広島店(広島県)にてレモンケーキ卸販売事業開始 | |
| 2011.05 | 天満屋広島アルパーク店(広島県)にてテレビ新広島「満点ママ」展に出展 | |
| 2011.06 | 広島三越(広島県)にてレモンケーキ卸販売事業開始 | |
| 2011.07 | 大進本店(広島県)にてレモンケーキ卸販売事業開始 | |
| 2011.07 | 山陽自動車道小谷SA下り線(広島県)にてレモンケーキ卸販売事業開始 | |
| 2011.10 | 山陽自動車道福山SA下り線(広島県)にてレモンケーキ卸販売事業開始 | |
| 2011.11予定 | 第6回信用金庫合同ビジネスフェア(広島県)に出展予定 | |
| 2011.11予定 | 地域力宣言2011 ニッポン全国物産展 in 池袋サンシャインシティ(東京都)に出展予定 | |
| 2011.12予定 | 2011年度の瀬戸田レモンケーキ販売見込、約210,000個 | |

| 誕生日 | 昭和57年3月13日 | |
| 出身地 | 広島県尾道市瀬戸田町 | |
| 血液型 | A型 | |
| 趣味 | こどもと一緒にいること | |
| 尊敬する人 | ケーキハウスフォンテーヌブロー 小山田社長 ボックサン 福原社長 |
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| 座右の銘 | 急がば回れ | |
| 担当 | 経営・営業・製造・販売戦略・製造マネジメント等 | |
| メッセージ | 瀬戸田のレモンを使ったお菓子がほしいというお客様のお声から始まったレモンケーキ。 発売してからも「レモンの粒が小さい」「手土産にするのでしっかりした紙袋がほしい」「レモンの食感が足りない」など様々なご意見から改善することで完成度を高めることができました。 これからもお客さまとともに成長させていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。 |
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| 将来の夢 | レモンケーキを瀬戸田の産業として発展させたい。 レモン日本一の瀬戸田が世界に通用するレモン、[Setoda]ブランドに育てたい。 |
| 奥本 隆三ヒストリー | ||
| 1982年 | 広島県尾道市瀬戸田町(生口島)に生まれる 3人兄弟の長男。小学3年生頃から家に常備されていた卵・砂糖・小麦でクッキーやシュークリームなどを作っていた。神戸へのあこがれが強く、地元を早く離れたいと思っていた。 |
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| 1999年 | 広島県立 瀬戸田高校卒業 このころから菓子作りが好きで、選択授業の家庭科で女子ばかりの中で唯一の男子だった。パティシエブームの直前で、お菓子作りは女性の世界というイメージから、両親は製菓の世界へは大反対だったが、それを押し切り専門学校へ。 |
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| 1999年 | 大阪あべの辻製菓専門学校入学 寮で生活し、昼は学校、その後深夜までアルバイトで働く生活を1年間送る。学校もアルバイトも厳しく、ここで出会った友人は今でも良き相談相手となっている。 |
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| 2000年 | ケーキハウスフォンテーヌブロー(個人店)入社 職人としての基礎を作ってくれたお店。タイマーや温度計に頼らず、自分の目や手触りで生地の状態を感じ取ることを教わった。最後にはお菓子作りのほぼすべて、商品開発~日々の製造までこなしていた。経営者としての心構え~どんなことがあってもくじけない心も教えてくれたことは今にも活きています。 |
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| 2005年 | 神戸洋芸菓子 ボックサン入社 主に焼き菓子の製造を担当していましたが、おいしいものを作るためには妥協しないという姿勢を徹底的に教えて頂きました。完成度の高いお菓子を作るためには菓子作りのセンスよりも、成功するまでやり続ける忍耐力が重要だということに気づかされました。ここで磨き上げた菓子作りの道は今でも大切な財産となっています。 |
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| 2008年 | 3月ボックサン退社後、4月にパティスリーオクモトオープン 人生一度きり。やりたいことをやり遂げるには人生の時間は短すぎるから、迷っているヒマはない。 |
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| 誕生日 | 昭和58年1月7日 | |
| 出身地 | 兵庫県加古川市 | |
| 血液型 | O型 | |
| 趣味 | 殻付き牡蠣を炭火で焼いて食べること | |
| 尊敬する人 | アシックス創業者 鬼塚喜八郎 | |
| 座右の銘 | 千里の道も一歩から | |
| 担当 | お菓子製造以外のお仕事 (経理・広報PR・販売管理・知的財産管理等) |
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| メッセージ | 神戸から瀬戸田に来て早3年。海と魚介類が大好きな私には最高の島です。瀬戸田に来られた際はオクモトのレモンケーキなどのお菓子はもちろん、島ならではの時間を楽しんで頂ければ幸いです | |
| 将来の夢 | 仕事もしたい!子供も欲しい!!という大学時代の夢を叶えられていると思います。 パティスリーオクモトでしたいのはそうゆう生き方。これからもシェフと共にお店を成長させていきたいです。 強いて夢をいうなら日本一の広島レモンと広島牡蠣をコラボさせて日本一にしたいです(笑) |
| 奥本 寿華ヒストリー | ||
| 1983年 | 兵庫県加古川市に生まれる 靴下の製造が盛んな町で生まれました。兄2人にもまれながらそだったので、男友達の方が多い、オテンバな子だったと思います。 |
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| 2001年 | 兵庫県立加古川東高校卒業 高校生までバスケをしていたが、ケガ続きで満足にプレイできることがすくなかったことからスポーツをする以外でスポーツに関わることを仕事にしたいと考え始めた。講演会で鬼塚に出会ったことがキッカケでアシックスへの夢が芽生える。 |
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| 2001年 | 神戸大学発達科学部入学 とにかく日本一を経験してみたいとの思いからタッチフットという超マイナーな競技をしていました。日本一になるためにどうしたらいいか、一日中考え抜いて実行した日々は今の経営にも通づるところがあります。 |
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| 2005年 | 株式会社アシックス トビナワ、グラウンドゴルフなどのスポーツ用具の商品開発など。大企業ですが所属部署が比較的こじんまりしていたので、ものづくりの最初の方から最後の方までに関わる色んなことを経験させて頂きました。 |
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| 2008年 | 株式会社アシックス退社後、4月にパティスリーオクモトオープン もしダメだったら…という最悪のパターンを何度も想定して対策も何通りも考えていました。売上が思うように伸びず、シェフと大げんかしたことも何度かありますが、幸い今のところ順調です。 |
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